【金木犀】





「空気が甘い…」

 熱を帯びた行為の余韻が乱れた呼吸が落ち着くのと共に冷めていく。だがすぐに体を離すのは名残惜しく、下になったたしぎを押し潰さない程度にスモーカーは彼女の上になり覆いかぶさるように寛いでいた。
 
  どこまでも柔らかく、包み込むように暖かいどれだけ触れていても飽きる事はない。彼女の胸にスモーカーは顔を埋めるようにして頬でその感触を楽しんでい た。時折、手でも確かめるように乳房を弄ぶ。快感を与えるような愛撫とは違う、ただ柔らかさをスモーカー自身が楽しむだけの動き。

 くすぐったさにたしぎがクスクスと笑い、悪戯にスモーカーが色づく先端を指で刺激すると「やんっ…静かにしていて下さい」と胸の上にある頭を自分に押し付けるように抱え込む。
 たしぎは胸の上にいる愛しい者を慈しむように、白い髪に指を通して梳きながらゆったりと過ぎる時間に浸っていた。

「いい匂い…」

 たしぎがもう一度呟き、そして深く息を吸う。
深く呼吸する彼女動きをスモーカーは感じ、彼女に合わせてすうっと息を吸い込んでみた。

 熱を冷ますために細く開けた頭の上の窓。そこからひやりと澄んだ空気が流れ込んでいる。その空気は仄かに甘い香気を含み少しずつ部屋の中に満ちていくようだった。

「花…だな」
「へェ…スモーカーさんでも分かるんだ。綺麗に咲いていましたよね」
「俺でもってどういう事だよ…」

 胸の上で低く響いた声にフフっと笑いたしぎがまた深呼吸をしては白いその頭を柔らかく抱きしめる。
スモーカーはその柔らかい拘束を受けながら宿を訪れた時、敷地にオレンジの小さな花が沢山咲いている木がいくつもあった事を思い出した。

 今回の寄航ではたしぎとスモーカーはいつもと違い、こなさなくてはならない仕事の都合で別行動が多かった。ようやく、休暇を兼ねた上陸をとスモーカーが思った時には、すでにたしぎは船を下りてしまった後だった。
 スモーカーのデスクの上には住所だけ書かれたよく見知った筆跡の小さな紙片。
  珍しいたしぎからの誘いに乗り、訪れるとそこは街のメイン通りから少し外れたこじんまりとした宿。「ここの食堂の料理が美味しかったのでスモーカーさんに も食べてもらいたくて」とスモーカーを迎えたたしぎは笑いながら話していたが、人目の少ないそこは不思議とゆったりと落ち着く空間であった。
「静かすぎると声が目立つぞ」「目立つ事をしなければいいんです」と数時間前に話していた。

 秋の日は落ちるのが早く、訪れた静かな宵闇は二人で過ごす時間を多く与えてくれるようであった。

「金木犀の花がちゃんと見られるなんて久しぶりで…」
「そうだったか?よく嗅ぐ匂いだと思ったが」
「花は季節の短い時期にしか咲きませんから…入港した時はまだ咲いていませんでした。それがこの2.3日で一斉に咲き出したみたいでそこかしこでいい匂いがして…陸もいいものですね。季節が流れを実感できて」
「陸が恋しくなったか?」

スモーカーの髪を弄っていた指先が止まる。
何かひっかかるものがあるのか?
この先の海を行く事に迷いでも?

 スモーカーはたしぎの心の底の答えを聞きたくて、たしぎの胸に顔を更に押し付けた。
 規則正しい鼓動と共にまたゆったりとしたたしぎの声が聞こえてきた。

「海の上の時間と陸での時間の流れって違うと思うんです。
海の上だと季節を感じる事が限られてくるじゃないですか、風の向きや取れる魚。渡り鳥ぐらいで…ましてココはグランドラインですし。ゆったりと時間が過ぎて、いつの間にか何日だったという事もしばしばです。でも陸に居る時は…」
無言の相槌をスモーカーが送る。
「陸に居る時は慌しくあっという間に時間が過ぎ去っていて、やっぱり季節を感じるゆとりはあまりありませんでしたけどね」

「で、どっちがいいとかいう答えはあるのか?」
スモーカーは体を起こしてたしぎの顔を覗き込む。真っ直ぐにスモーカーを見詰め返すたしぎの表情は少しはにかんだ笑みを浮かべる。
「答 えなんて無いです。出せません。私はどちらも好きですから。今、置かれている状況があるからそれまで感じられなかった事を感じる事ができるんだと思いま す。地に足を付けている事も安心します。それに…私が今行きたい所は海の先にありますから、海から離れる事なんてできませんよ」
「悪くない答えだな」
「え〜それだけですか?」

「だから、『悪くない』って言っただろう?」ニヤリと笑ったスモーカーがたしぎの唇に降りてくる。唇を重ねながらその合間にたしぎが「褒めて欲しいなァ」「たかがその程度の事でか?」とクスクスと笑いあいながらまたスモーカーの首に手を回して引き寄せる。

スモーカーが開いていた窓を閉めたが、まだ部屋の中には澄んだ甘い空気が残っているようだった。それをたしぎがまた深呼吸をするように深く吸い込む。

「いい季節ですよね」
「ああ…お前がそう言うのならそうなんだろう」

再び重なる口づけは深く、激しく。
そして花の香りは二人の熱で溶けるように消えていくのだった。


おわり


エッチを特にしているわけではありませんが、だからといって素直に見せていいものかというと少々…
そういうわけで軽くR指定を。2006年のたしぎ誕より。
たしぎからの誘いというシチュエーションが気に入っていました。
2007.10.01