【目玉焼き】 「たしぎぃ、目玉焼きが食いたい」 二人揃っての休みの日のことだった。前日、何とか仕事を終わらせて、その後に夕食と軽く一杯。そのままスモーカーの個人的な部屋へ雪崩れ込んだ。街の支部の建物内の寮にスモーカーの部屋がある、たしぎの部屋も勿論ある。とはいえ、スモーカーも海軍本部大佐である。街の方にプライベートな部屋を借りていた。仕事が趣味なのであまり使うことも無かったのだが、最近はたまに使う事が増えていた。そう、たしぎと上司部下としてではない、個人的な関係となってからは。 そんなある休みの日の朝、スモーカーは起きて来るなりぼそっとそうたしぎに言った。程よく夜動き回れば当然腹もすく。しかも職場の寮では規則正しい生活である。今日は休みなので多少起き出す時間は遅かったとはいえ時間になるとしっかりと空いてくるパターンも出来上がっている。そして食事のできる時はするというのは軍人としても基本的なことだ。スモーカーは寝起きで一層不精髭の濃くなった顔で欠伸をしてはぼりぼりと首のあたりを掻いている。口元が寂しいのかとりあえず火の付いていない葉巻を一本咥えている。 一緒に目覚めた(突つかれて起こされたとも言う)のはいいが、先に洗面所を確保する事に成功したたしぎはさっぱりした顔でその言葉を聞いていた。 「作りましょうか?」 「お前が?作れるのか?」 「それくらいなら、私にだってできますよ。フライパンに油を引いて卵を割り入れて焼く。でしょう?」 「・・・手順としては合っているけどな・・・」 スモーカーの頭の中では今までたしぎが作った料理というものの数々が駆け巡った……今までが今までなので、ものすごく信用の無い疑わしげな顔をたしぎに向ける。 「簡単、簡単♪スモーカーさんは顔でも洗ってきて下さいね」 はりきるたしぎに一抹の不安を感じながら洗面所に向かう。顔を洗っていると案の定派手やかに鍋でも落としたような音が鳴り響いた。──ああ、やっぱり外さない奴──とスモーカーは思いながらキッチンに戻ってくるとそこには床に落ちて割れた卵を拭きとっているたしぎの姿。その光景に呆れ顔でいるスモーカーに気付き、見上げてはへへっとごまかし笑いをしている。 ── まず一個目 ── 「テメエ、もうドジしているのかよ」 「ちょっと手が滑っちゃって・・・」 溜め息一つ。ダイニングの椅子に腰掛けて新聞を広げる。たしぎは割れてしまった1つ目の卵の残骸を片付け終わり、気を取り直してもう一度とフライパンを握っている。 「フライパンに油をひいて、火にかけて・・・わきゃあっ」 「今度は何だ?テメェは卵も満足に割れねェのかっ!握りつぶすなっ!」 「は はい。きゃあーーー煙?」 今度はフライパンからモクモクと煙が出ている。わたわたと慌てるたしぎ。「火 消せっ」の声と共に煙化したスモーカーの手が伸びて来てスイッチを捻る。握りつぶした卵に気をとられている間に温度があがり過ぎたようだ。ほっとした所で再挑戦。 ── 二個目 ── 「ぎゃあー、跳ねてる!熱っ 熱いっ!」 今度はバチバチという盛大に油の跳ねる音とたしぎの悲鳴。 「フライパンの温度が高すぎんだよ!んなに離れて卵を投げ入れる馬鹿がどこにいるんだっ!」 「何だか、怖くて」 「フライパンは噛み付かねぇ」 刀なんて道具を振り回して平気そうな顔をしながら海賊に向かっていく癖に、たかが油の入ったフライパンを前にしてすでに涙目になりつつある。たしぎにとっては不得意分野のようである料理作り、そろそろ音をあげるか・……とスモーカーは一瞬考えた。が、たしぎの顔には諦めの表情は出てはいない。いつ食べられるものが出てくるのか分からないがとことん付き合うしかなさそうである。何の気なしにスモーカー自身が呟いた『食べたい』という言葉が今回の騒動のきっかけでもある。腹を括って、どかりと椅子に腰を下ろし、昨日の新聞を手にする。目玉焼きを食うだけなのに腹まで括る必要があるのがどこか朝から可笑しい気分にさえなるが。 「ヒー」とか「ぎゃわあ」と本当に料理を作っているのか?というような悲鳴が続き、ようやく静かになったと思ったらコトリとスモーカーの前に皿が置かれる。そこに乗っていたのは……一部炭化した目玉焼き?と思われる代物であった。皿からたしぎにじろりと視線を移して見ると製作した本人もそれが分かっているのか、情けない顔をしている。 「こんな炭食えるか。やり直し」 「あー、やっぱりそうですね。そうですよね」 「分かっているなら、こんな物持って来るんじゃねぇ」 「冗談ですよ。い、一応報告代わりにと思いまして…」 「失敗報告は職場だけで十分だ」 「はいっ!やり直します」 ── 三個目 ── 今度は少し手慣れてきたのか、悲鳴も小さな掛け声のようになり大した時間もかからずに再び皿が一枚スモーカーの前に置かれる。見た目は……鮮やかに黄色と白に分かれている。フォークでその目玉焼きをつつきながら 「生過ぎ……上の方がまだ透明でプルプルいってんぞ。目玉焼というより、生卵に近いんじゃねぇか?」 「結構自信作のつもりなんですが……もう一回作り直します!」 「もう、いい。これで十分だ」 「いいえ、ちゃんと美味しい完璧な目玉焼をスモーカーさんに召し上がっていただきたいんです!」 ── 四個目 ── 「ちゃんと目玉になっている奴がいい」 「わかりました。もう一回作ります」 ── 五個目 ── 「また、半分焦げているぞ。もうこれでいいけどな」 「ダメです。絶対美味しいのを作ってスモーカーさんをギャフンと言わせたいんです」 「そんな事か『ギャフン』ほら言ってやったぞ。もういいから」 「ダメです」 ── 六個目 ── 「固すぎ。焦げちゃいないがガリガリのぼそぼそ」 ── 七個目 ── 「今度こそ。力作です。」 卵七個目にしてようやくまともな目玉焼が乗った皿がスモーカーの前に置かれる。フォークでつつくと半熟状態の膜が破れトロリとした黄身が溢れ出す。 「……何とかまともなのが出来たじゃねえか」 その言葉に満足そうなたしぎの表情。スモーカーが目玉焼きを平らげるのを見届けてから、安堵の溜息をつき椅子に腰掛けてはぐったりと伸びている。そんな単純な料理をするのに鼻の頭に汗まで浮かべて冷たい牛乳で喉を潤している。 「お前、ほんっとうに不器用のお約束女だよなぁ……。」 「もう、何とでも言って下さい。私、蝶よ花よと育てられたお嬢様だったんです。箸より重いものを持った事がないくらいに……」 「時雨は箸より軽いっていうのか?日本刀を軽々と振り回している女がよく言うよ。はいはい、お嬢でも何とでも言ってろ。………ところでお前の分はどうしたんだ?」 たしぎは体力使い果たしたという様にぐったりと伸びていたが、かろうじて顔をあげてはきょろきょろとテーブルの上を見回している。 「何だかもう気力が……あ あれ?スモーカーさん?他の目玉焼きは?真っ黒なの以外全部食べちゃったんですか?」 「何か問題あったか?」 「卵は一日二個までです。コレステロールが高くなります。大体、喫煙していてコレステロールが高かったら成人病になってしまうじゃないですか!スモーカーさん一人の身体じゃないんですよ」 「……たしぎ…何か最後の言葉が引っ掛かるんだが……」 スモーカーはたしぎの最後の言葉にぎょっとしたようでやや目を見開きながら返答を待つ。全く、見に覚えがないわけではないというのはやっかいだ。しかも、たしぎならさらりとそういう事を言ってのけそうなのがまた怖い。 「…へ?ああ…深読みしないで下さい。部隊を統べるという意味です。一応、スモーカーさんの副官ですから、健康の面にも気をつかっていかないと」 「妙な言い回しをするんじゃねぇ…大体、捨てるくらいなら食った方がいいじゃねぇか。目玉焼ぐらい一発で成功させろ」 「あはは…段取りが悪いというか、同時進行が苦手というか、一点集中してしまうというか……目玉焼きにも高等技術が…」 「んなものねぇよ」 「あはは」と乾いた笑いで頭を掻いている彼女を尻目に、スモーカーは葉巻を咥えたままムクリと立ち上がり冷蔵庫を開け、ベーコンを取り出す。先ほどまでたしぎが格闘していたフライパンに油を垂らしてそのベーコンを焼き上げ皿に乗せる。片手で器用に卵を割り綺麗な目玉が二個、小気味良い音がいい感じに焼きあがっている様子を伝える。程よい所で水を入れ蓋をしてしばし待つ。黄色と白のコントラストも鮮やかな見本のようなベーコンエッグが乗った皿がコトリとたしぎの前に置かれる。 葉巻を咥えたまま料理というのはいただけないが、何でもなさげに卵を割るスモーカーの背中にたしぎは正直感動を覚えてつい見惚れてしまっていた。 「見本だ」 「見るだけですか?食べちゃダメですか?」 「俺は腹一杯だ」 「やったぁ、お醤油が欲しいです」 「人を使いやがって」とブツブツ言いながらもスモーカーはドンとボトルごとたしぎの前に醤油を置く。たしぎはその大きなボトルから慎重に目玉焼の上に醤油を垂らす。フォークを黄身に突き立てると黄身はトロリと形を崩して流れ出す。「いただきます〜」と手を合わせるとたしぎはニコニコパクパクと勢いよく食べ始める。 再び椅子に座りコーヒーを飲んでいたスモーカーはたしぎがあらかた食べ終わったところで立ち上がる。たしぎの傍に来ては、ついと顎先を持ち上げる。突然のスモーカーの動きに目を白黒させながらもついなすがまま、スモーカーの顔が段々と近づいてくるにつれ瞳が閉じていく。 そしてたしぎの唇に何かが触れる…… 触れたものはスモーカーの唇ではなく、つーっと唇をなぞる指だった。唇は触れ合う寸前にスッと通り過ぎ耳元に寄せてくる、響いた低い声は 「黄身がついている……」 「えっ!?」 スモーカーはたしぎに黄身のついた指先をピっと見せて、それをペロンと舐め取る。 「色気のねぇ奴……何か言いたそうな顔だな。キスでもしてもらえると思ったか?舐め取ってもらえるとか?」 「そ、そんな事考えていませんっ!」 一連のスモーカーの行動にたしぎはアワアワと慌てては目を白黒させている。そんなたしぎの様子を見ては笑いながらスモーカーは 「甘いな。腹も一杯になったから、もう一眠りするか…」 「スモーカーさあん、からかうなんて酷いです…」 「酷いのはどっちだ。ちゃんと皿を洗っておけよ……あと、割るんじゃねぇぞ」 スッキリとした顔で朝から面白いものを見たという気分のスモーカーは寝室に向かう。この後、しばらく目玉焼ばかりをいつもいつも食べさせられるというのはこの時点ではまだ考え付かないでいた……… おしまい |
2003年の夏コミで出した本より 甘々な二人も大好物でした 多分これは付き合い初めの初々しい頃ではないかと。 2007.09.26 |