【 夏色 】






「スモーカー大佐、外におやつを用意しましたのでどうぞ。船内よりもいい風が吹いていますよ。それにいいものが見られるかもしれませんし」

 夏島間近の夏気候。船内のどこに居ても熱気が身体を包み込む。スモーカーが氷でももらおうかと食堂に立ち寄ると、そう言いながら料理長がニヤリと笑っていた。スモーカーは何の事だ?と思いながらその笑いに含まれたものにジロリと料理長を睨みつける。だが、長い付き合いのこの料理長はスモーカーの睨みをそう物とはせずにニヤニヤするばかりだった。そのまま言葉に従って甲板に向かうのも何だが、船内よりは確かにいい風が吹いていそうだった。

葉巻を緩く燻らせながら甲板に出てきたスモーカーの耳にまず届いたのは賑やかに囃し立てる声と気合をこめた声。何をやっているのかと見てみれば…そこにはデッキブラシを構えたたしぎの姿があったのだった。

ビキニの水着なのかチューブトップなのか揺れる膨らみを隠し…いや強調し。細身だが滑らかなウェストラインを惜しげもなく晒し、そしてアレだけはやめておけと何度か言ったヒップハンガーのハーフパンツ(スモーカー曰く『半ケツパンツ』)がへそは見せて下腹部ぎりぎりを隠していた。

甘いスイカを片手にスモーカーは一瞬怒鳴る事を躊躇う。じりじりと焼き付きそうな眩しい光の下だがたしぎが涼やかに生き生きとブラシを振り回す様子に、しなやかな体の動きに目が行ってしまったせいだ。

スモーカーはふと二週間前の出来事を思い出した。

***

「たしぎ…曹長、お前に手紙だ」
「私宛てですか?珍しい」

もっと珍しいのは階級付で名を呼ばれた事だと思いながらたしぎはスモーカーから手紙を受け取った。差出人は海軍資材課、よくよく見てみると海軍広報部の名前も連なっている。内容は今年度の新作水着の注文という事だった。

「あの…これは?」
「好きなのを選んで適当に注文しておけ」
「……スモーカーさんは何か好みはありますか?」
「お前が身につけるのだから、俺に聞いてどうする」
「それもそうですね。分かりました、少し考えさせてもらってもいいでしょうか?」
「好きにしろ」

今年の男性の水着はビキニタイプとトランクスタイプがあり、前面に大きく海軍マークをあしらったものだった。そしてサイズを選ぶも何もなく人数分+αがドサリと箱に入ってきただけだった。スモーカーは別に泳ぐわけでもないので必要性は無く。水着のデザイナーとそれを選んだ担当者に悪態をつきながらも内心ホッとして受け取らなかった。

たしぎに渡した書類の女性用の水着はバラエティがありビキニタイプにワンピースタイプのものが何枚もの紙に渡って印刷されていた。色も白に黒、希望があれば別注で好きな色もOKだった。そして、ワンポイント程度に入った海軍マーク。男性用とは力の入れようが随分と違っていた。尻部分や背中部分にバックプリントが入ったものは翼でもイメージしたのだろうか?デザインした者が何を考えていたのか呆れて溜息が出そうな程。

果たしてたしぎはどのようなタイプを選ぶのか?
上司が適当に選んでしまう隊も多いが、着るのはたしぎだとスモーカーは本人に任せる事にした。書類を受け取ったたしぎはカタログを見ながら「可愛い〜、変なの」と言いながら嬉しそうにしている。ふと、そのカタログから目をあげて「スモーカーさん、本当にいいんですか?」ともう一度問いかけてくる。

「水着だろう?……いつも見ているのと大して変わらないだろうしなァ」

スモーカーの言葉の意味をしばし考えてからたしぎは大きく溜息をつきながら「……やっぱりえっち」とカタログを持ち直して大佐室から出ていくのだった。


***


そんな事もあったとスモーカーは思い出していた。長いデッキブラシを軽やかに振り回し(刀と比べれば重さのうちにも入らないだろうし、たしぎが普段振り回しているのは長剣だ)、次々と向かってくる海兵達を沈めていくたしぎ。楽しそうに明るい顔で笑っている。

一方、沈められた海兵達も幸せそうな顔である。赤面して見惚れる者。鼻の下を伸ばす者、押さえる者…

こんな所を海賊と一戦交えるような事になったら使える海兵はいるのかどうか、正直スモーカーは不安になってきた。また…どうも先ほどからイライラ感が募っていくばかりである。理由は分かっているが、認めたくないというのもあり考えないようにしていた。見ているとまた一人たしぎに向かって行き撃沈される海兵。周囲の歓声の中でポーズを決めるたしぎ。瑞々しく弾む肢体がぷるんと揺れる。


揺れすぎ
肌出しすぎなんじゃねぇのか…


スモーカーの眉間に皺がよる。これ以上他の野郎共の視線の中に彼女を置いておくのが、どうも癇に障る。

「たしぎ!」
「はーい」

スモーカーの声にたしぎは振返り、返事だけして笑顔を見せている。

「たしぎっ!!」
「はいっ!」

再度の強い呼びかけに、たしぎは何事かと訝しそうな顔をしてデッキブラシを抱えてスモーカーの元に走ってくる。

「スモーカーさん、どうかしましたか?」
「てめえ、何騒いでいるんだ?」
「騒ぐって…特には何もですが…。デッキ磨きの後には恒例の手合いですよ」
「恒例ってのは、いつもそんな格好でやっているのか?」
「そんな格好って…」

スモーカーに指摘されたそんな格好をたしぎは自分で見直した。特に何も問題はないように感じられた。

「特に問題は無いと思われますが」
「問題は無いだと?」

チラリとたしぎの服装に目をやってから、スモーカーは大げさに溜息をつく。そしてちょいちょいと周囲の様子を見るようにたしぎに目線で指示する。どうも、今ひとつピンと来ない納得しかねるといった様子でたしぎは周囲を見回す。何か変なのだろうか?

「あの…よく分かりませんが…」
「問題が無くて他の兵が鼻の下を伸ばしたり、押さえたりするか?お前は女で、ここは男所帯なんだという事を自覚しろ」
「なっ、そんな事。私はただ暑かったから、どうせ濡れるんだし水着なら大丈夫だろうと思っただけで」
「その格好では水着なんだか、下着なんだか大して変わらないじゃねぇか。余計な刺激を与えるな」
「下着なんてっ…」

スモーカーのハッキリしたあまりの指摘に絶句して言葉が一瞬詰まるたしぎ。しばらく口をパクパクさせてから、ようやく言葉が形になりはじめる。

「スモーカーさんだって…」
「ああん?」
「スモーカーさんだって、いつもそんな格好じゃないですか!下着だなんて、スモーカーさんもそういう風に見ているという事じゃないですかっ!エッチです!セクハラです!!」
「胸の部分だけじゃねぇ。そんな尻まで見えるようなズボンを履いているお前も悪い」
「はあ?」

興奮と共に大きな声になりそうなたしぎのすぐ横にスモーカーはポケットに手を突っ込みながら立ち、ニヤと笑いながら彼女にだけ聞こえるようにボソリと

「セクハラついでに言っておく。昨夜、尻のあたりに痕をつけちまったんだ。言うのを忘れていたが、さっきお前の後姿を見て思い出した」
「し、失礼します!」

頬だけでなくみるみる首や耳まで真っ赤にしながら、怒り顔でたしぎが船内に走っていく。その後をスモーカーは悠々と歩きながら船内に消えていくのだった。



後に残ったのは内容まではよく聞こえなかったが固唾を飲んで二人の話の様子を伺っていた海兵達。

「俺、曹長の部屋周辺に半日立ち入り禁止に1000ベリー」
「それなら俺はしばらく曹長の水着姿は無しに1000ベリー」
「少しぐらい俺達にもお裾分けしてくれたっていいじゃないか…独り占め厳禁だと思うぞ」
「そんな事直接言えよ」
「俺は海王類の餌にはまだなりたくないからな。早く上陸してぇっ!」

先ほどまでの緩んだ顔とは打って変わって、真顔でだらだらとデッキブラシの片づけをはじめる海兵達だった。



赤い手形をつけながらも、満足顔のスモーカーに2000ベリー



終わり


柏倉さまに頂いたイラストからずっと頭にあったもの。
キラキラした夏娘を書きたかったのですが、すでに季節が…(苦笑)
2005.09.19