【雷鳴】 一際大きな雷鳴と共に照明の明かりが落ちる。たしぎとスモーカーの二人は大佐室で面倒な事務書類の処理をしていた時の事だった。スモーカーが窓の外に目をやると街全体の規模の停電なのであろう、夜の闇が広がっているだけだった。月明かりも微かな星明りもない、激しい雨音だけが聞こえてくる。時折、稲光が走りフラッシュを焚くように一瞬明るく建物を視界に浮かび上がらせる。 ──面倒な事になった、街の巡回に人をやらなくては──とスモーカーは思い「オイ、たしぎ」と視線をたしぎが座っていたデスクの方に戻す。雷光に照らされて再び光ったその席にたしぎの姿は無かった…… 「おい たしぎ!」 呼びかけても返事のない彼女に先ほどよりも少し大きめの声で呼びかけると「はぃ……きゃああ…」と悲鳴交じりの小さな声が雷鳴に紛れて聞こえてきた。声のした方に目をこらして見ると、続けて光る閃光がコマ送りのようにたしぎの姿を浮かびあがらせていた。部屋の隅にうずくまり、目と耳を塞ぎながらブルブルと震えている姿を。 一度場所が分かれば問題は無い。スモーカーがたしぎに今、声をかけてもスモーカーのいるこの場所まで青痣や壊れ物無しに辿りつけないだろう。たしぎの傍に歩み寄ろうかと最初は思ったが、煙化した腕を伸ばして(遊び心からだが)その身体を掴みあげ自分の所に引き寄せるのだった。 たしぎは突然自分の身体を包んだものに驚き「ひゃあっ」と声を上げたが、その気体とも固体とも違うものの正体と改めてスモーカーの存在に気付き大人しくなる。再び鳴り響く閃光と雷鳴に半泣きになりながらスモーカーの胸元に飛び込んでくる。 「おめぇ、海兵だろう。こんな事で悲鳴をあげてどうするんだ?」 「ひっ……だって、怖いものは怖いんです。急に暗くなったし…」 「んな、暗闇での任務だって今まであっただろう。平気だったじゃねぇか」 「そういう時は前もっての心構えがあって、緊張と警戒を怠りませんから」 「突然の事態に弱いってことか?そんなんじゃ、任せられねぇから作戦行動から外すぞ」 会話の途中途中に雷鳴にあわせて「ひぃっ」「きゃあ」と小さな悲鳴を上げながら、スモーカーの腕の中で身体を固くして小さく震えている。──戦場での銃声や海賊共の雄叫びには立ち向かっていく癖に雷は苦手って奴か?スモーカーが落とす雷ですら首を少しすくめてやり過ごすだけの奴が…だが、自然現象の雷が鳴っていても平気な様子を見せている時もあったぞ──と思いながらも、スモーカーの手は震える彼女をなだめるように小さな背に回される。 雷鳴が遠のくにつれてたしぎの体の強張りも解けていく。そして次第に安心したかのようにジャケットの胸元にしがみついていた手も甘えるように添える仕草に変わっていく。スモーカーの胸元に顔を埋めるようにしているが、裸の素肌にかかる吐息はくすぐったい程に甘い。見下ろすとまだうつむいている顔は黒髪に隠れて表情までは見えない。 今の状態はどこからどう見ても抱き合っている恋人同士にしか見えないだろうと冷静な部分のスモーカーが苦笑するが、次に取った行動はたしぎの細い顎先を捉えて顔を自分の方に仰向かせ口付けしようとしている姿だった。 葉巻をは外し、軽く触れ合い顔に添えていた指で柔らかな濡れた唇をなぞる。軽く開かれた唇にもう一度重ね合わせようとした時… 「あ そうだ」の声と共にスモーカーのポケットの中を探るたしぎ。目的のものを手にしてスモーカーの腕の中から抜け出す。探し出したのはスモーカーが葉巻に火を点けるのに使っているライターだった。そのライターの明かりを頼りに机の上のランプに明かりを灯してたしぎはスモーカーの方を振り返る。 柔らかな唇に触れた時は甘やかな女の表情をしていた、だが今は… 「スモーカーさん、灯り点きましたよ。さあ、巡回に行かなくちゃ!キスなんかしている暇ありませんよ」 「お前という奴は…」 絶句して憮然としているスモーカーを平気な顔で見上げては「早くして下さい」と急かしている。 ──わからねぇ女── 寸での所ではぐらかされたスモーカーは内心、溜息をつく。腕の中で溶けるように柔らかくしなだれかかってきたたしぎは確かにその気だったはずだ。たしぎの行動を理解するのはまだまだのようである。 「スモーカーさん 早く!!」 「ウルセェっ!当直の兵を集めろっ!」 「もう、集まっています」 おわり |
2003年に出した本から もう4年も経つのでそろそろ時効かなと。 読み返してみると大変恥ずかしく… こういう軽いものを量産している時期でした ノリとしては自分は好きなんですけどね 今はこういうのを書けるかどうか(苦笑) 2007.09.13 |